2016年10月16日

水戸ホーリーホック シーズンレヴュー 1998年

水戸ホーリーホック シーズンレヴュー 1998年

1. 水戸ホーリーホック 2年目のシーズン

 前年(1997年)、「FC水戸ホーリーホック」としての初年度をJFL(旧JFL)に初参戦し、最下位に終わった水戸は、幸運にもJFL残留となり2年目のシーズンを迎えた。

2. 監督・選手・スタッフ

社 長
石山徹

監 督
三浦俊也
1年目
前所属: ブランメル仙台(JFL: 監督、コーチ)←BV04 Dusseldolf(ドイツ: コーチ)←SV Weiss-Blau Urfeld(ドイツ: コーチ)←SV Weiden 07(ドイツ: コーチ)←釜石南高校(岩手県: コーチ)←新日釜石(東北社会人)←盛岡ゼブラ(東北社会人)←駒澤大学←釜石南高校(岩手県)

コーチ
二宮浩
2年目(1997年: 選手、1998年: コーチ)
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←浦和レッズ(J)←Danubio FC(ウルグアイ1部)←浦和レッズ(J)←筑波大学←国見高校(長崎県)

背番号1
池田慎
GK 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←順天堂大学
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号2
大平衛
DF 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←水戸短大附属高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 29試合出場3得点
天皇杯: 2試合出場0得点
天皇杯予選: 1試合出場1得点

背番号3
日比威
MF 2年目
前所属: アビスパ福岡(J)←順天堂大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 22試合出場0得点
天皇杯: 3試合出場0得点

背番号4
巻田清一
DF 2年目
前所属: 富士通川崎(JFL)←浦和レッズ(J)←NTT関東(JSL2部)←東海大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 22試合出場0得点
天皇杯: 2試合出場0得点

背番号5
井坂鉄平
DF 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←ジェフ市原(J)←水戸短大附属高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 1試合出場0得点
天皇杯: 出場なし

背番号6
八代敏
MF 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←古河第一高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 20試合出場1得点
天皇杯: 2試合出場0得点

背番号7
川澄和弘
MF 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←中央防犯FC藤枝ブルックス(JFL)←清水エスパルス(J)←筑波大学←古河第一高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号8
木村裕之
MF 2年目
前所属: 富士通川崎/富士通(JFL)←駒澤大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 7試合出場0得点
天皇杯: 出場なし

背番号9
田畑雅行
MF 2年目
前所属: FC水戸(茨城県社会人)←日本体育大学←花咲徳栄高校(埼玉県)
JFLリーグ戦: 28試合出場10得点
天皇杯: 3試合出場0得点

背番号10
尾崎友治
FW 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←ジェフ市原(J)←中央大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 18試合出場3得点
天皇杯: 3試合出場2得点

背番号11
金久保好史
MF 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←住友金属
JFLリーグ戦: 12試合出場3得点
天皇杯: 出場なし

背番号12
水野淳
MF 2年目
前所属: ジェフ市原(J)←市立船橋高校(千葉県)
JFLリーグ戦: 25試合出場0得点
天皇杯: 3試合出場0得点

背番号13
野呂直彦
DF 2年目
前所属: マインドハウスTC←浦和レッズ(J)←四日市中央工業高校(三重県)
JFLリーグ戦: 11試合出場0得点
天皇杯: 2試合出場0得点

背番号14
柳田伸明
MF 2年目
前所属: 富士通川崎/富士通(JFL)←創価大学←創価高校(東京都)
JFLリーグ戦: 5試合出場0得点
天皇杯: 出場なし

背番号15
横濱誠
FW 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←佐野日大高校(栃木県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号16
高橋佳秀
FW 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←京都パープルサンガ(JFL)←筑波大学←清水東高校(静岡県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号17
浦島光雄
DF 1年目
前所属: 富士見FC/和光大学←川口高校(埼玉県)
JFLリーグ戦: 6試合出場0得点
天皇杯: 2試合出場3得点

背番号18
磯野修久
MF 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←横浜マリノス(J)←藤岡高校(群馬県)
JFLリーグ戦: 28試合出場2得点
天皇杯: 3試合出場0得点

背番号19
鶴橋孝之
DF 2年目
前所属: 鹿屋体育大学←清水商業高校(静岡県)
JFLリーグ戦: 18試合出場1得点
天皇杯: 3試合出場1得点
天皇杯予選: 1試合出場1得点

背番号20
曽我豊明
DF 2年目
前所属: 本田技研狭山(関東社会人)←専修大学←市立船橋高校(千葉県)
JFLリーグ戦: 2試合出場0得点
天皇杯: 出場なし

背番号21
大森誠二
GK 1年目
前所属: トヨタ蹴球団(東海社会人)←岡崎城西高校(愛知県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号22
松本哲男
MF 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←専修大学←読売クラブユース
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号23
関勝彦
MF 1年目
前所属: イーグルス・ユナイテッドFC TOR’82
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号24
宮村正志
MF 1年目
前所属: アビスパ福岡(J)/福岡ブルックス(JFL)/中央防犯藤枝ブルックス(JFL)←ベルマーレ平塚(JFL)/フジタ(JFL)←読売ジュニオール(JSL)/読売クラブ(JSL)←中央大学←読売ユース
JFLリーグ戦: 24試合出場2得点
天皇杯: 2試合出場0得点

背番号25
大平正軌
DF 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←日本社会体育専門学校←瑞陵高校(愛知県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号26
雁部将之
FW 1年目
前所属: 水戸短大附属高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号27
福田晃
FW 2年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←法政大学←越谷北高校(埼玉県)
JFLリーグ戦: 10試合出場1得点
天皇杯: 出場なし

背番号28
堀田利明
MF 1年目
前所属: 順天堂大学←真岡高校(栃木県)
JFLリーグ戦: 4試合出場0得点
天皇杯: 出場なし

背番号29
鳥羽俊正
DF 1年目
前所属: 順天堂大学←安達学園中京高校(岐阜県)
JFLリーグ戦: 27試合出場0得点
天皇杯: 3試合出場0得点

背番号30
木村則之
FW 1年目
前所属: 水戸桜ノ牧高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号31
須永純
GK 1年目
前所属: 順天堂大学←前橋商業高校(群馬県)
JFLリーグ戦: 30試合出場0得点
天皇杯: 3試合出場0得点

背番号32
美野茂
FW 1年目
前所属: 堀越学園高校(東京都)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号33
小林直樹
MF 1年目
前所属: 日立工業高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号34
茂木学
MF 1年目
前所属: 太田商業高校(群馬県)
JFLリーグ戦: 出場なし
天皇杯: 出場なし

背番号35
佐藤義生(北島義生)
MF 1年目
前所属: 大分トリニティ(JFL)←広東宏遠FC(中国)←トステムSC(茨城県社会人)←アセノスポーツクラブ
JFLリーグ戦: 2試合出場0得点
天皇杯: 出場なし

背番号36
弥永周一郎
DF 1年目
前所属: 茨城教員葵FC(茨城県社会人)
JFLリーグ戦: 1試合出場0得点
天皇杯: 1試合出場0得点

背番号37
渡邊一平
DF 1年目
前所属: ヴィッセル神戸(J)←ジュビロ磐田(J)←AS横浜フリューゲルス(J)←大阪商業大学←中京高校(愛知県)
JFLリーグ戦: 7試合出場1得点
天皇杯: 出場なし

背番号38
竹村栄哉
FW 1年目
前所属: ベルマーレ平塚(J)/フジタ(JFL)←山陽高校(広島県)
JFLリーグ戦: 19試合出場5得点
天皇杯: 2試合出場0得点

背番号39
竹元義幸
FW 1年目
前所属: 福島FC(JFL)←アビスパ福岡(J)←東京ガス(JFL)←アビスパ福岡(J)/福岡ブルックス(JFL)/中央防犯FC藤枝ブルックス(JFL)←NKK(JFL)←横浜商科大学高校(神奈川県)
JFLリーグ戦: 17試合出場2得点
天皇杯: 1試合出場0得点
天皇杯予選: 1試合出場1得点

背番号40
佐渡谷聡
MF 1年目
前所属: ワールドSC/ワールドブリッツ小山(栃木県社会人)←西濃運輸(JFL)←鳥栖フューチャーズ(JFL)/PJMフューチャーズ(JFL)←読売ユース
JFLリーグ戦: 4試合出場1得点
天皇杯: 2試合出場0得点

 水戸ホーリーホック2年目は、第2代監督として三浦俊也を迎えた。三浦はドイツで5年半に渡り指導者の経験を積み、前年(1997年)はJFLのブランメル仙台でコーチ〜監督(天皇杯のみ)を務めていた。
 登録メンバーは、前年から継続して契約を延長(元々の契約期間は不明)した22名の他、12名が新加入、計34名の登録でシーズンをスタート。
 新加入は、Jリーグのアビスパ福岡から宮村、JFLの大分トリニティから佐藤(北島)、県社会人リーグから2名(浦島、関)、順天堂大学から3名(堀田、鳥羽、須永)、そして高校から実に5名(雁部、木村則、美野、小林、茂木)が加入している。
 前年度の主力選手をベースに、JSL〜JFL〜Jリーグと経験値の高い宮村、即戦力となった順天堂大学の3名という効果的補強を行った。しかし高卒5名の加入は当時の水戸の置かれた状況、すなわちクラブとして組織的運営や経営安定、将来ヴィジョンなど不安定要素が多い中で、高卒のサッカー人生を預かるには早かったとしか思えなかった。
 シーズン途中で水戸は6名の選手を補強。Jリーグのヴィッセル神戸を退団し無所属だった渡邊、Jリーグのベルマーレ平塚から竹村、JFLの福島FCから竹元と、即戦力となるJリーグ経験者を3名の他、地域・県社会人リーグから3名(大森、弥永、佐渡谷)が加入した。
 これにより1998年在籍選手の前所属をみると、水戸の母体である「プリマハム土浦FC」出身者は前年の20名から13名(池田、大平衛、井坂、八代、川澄、尾崎、金久保、横濱、高橋、礒野、大平正、福田、松本)に減少、「FC水戸」出身者は前年の3名から1名(田畑)となった。
 その他、Jクラブはアビスパ福岡が2名(日比、宮村)、ジェフ市原が1名(水野)、ベルマーレ平塚が1名(竹村)、ヴィッセル神戸が1名(渡邊)の計5名。JFLは富士通川崎が3名(巻田、木村裕、柳田)、福島FCが1名(竹元)の計4名。社会人は8名(金久保、野呂、曽我、浦島、関、大森、弥永、佐渡谷)。大卒は順天堂大学が3名(堀田、鳥羽、須永)、鹿屋体育大学が1名(鶴橋)の計4名、高卒は5名(雁部、木村則、美野、小林、茂木)。
 出身大学別にみると、順天堂大学が5名(池田、日比、堀田、鳥羽、須永)、専修大学が2名(曽我、松本)、筑波大学が3名(川澄、二宮、高橋)、東海大学が2名(巻田、稲田)、他。
 出身高校別にみると、帝京高校(東京都)が4名(巻田、木村裕、尾崎、日比)、水戸短大付属高校(茨城県)が3名(大平衛、井坂、雁部)、市立船橋高校(千葉県)が2名(曽我、水野)、古河第一高校(茨城県)が2名(八代、川澄)、他、また読売ユースが2名(松本、佐渡谷)。
 Jクラブに在籍経験のある選手は前年の14名に対して12名に減少し、井坂(市原)、尾崎(市原)、水野(市原)、巻田(浦和)、野呂(浦和)、川澄(清水)、礒野(横浜M)、日比(福岡)、宮村(福岡)、渡邊(横浜F、磐田、神戸)、竹村(平塚)、竹元(福岡)となった。
 水戸ホーリーホックの2年目(JFL参戦2年目)の陣容は、開幕から第10節までは、前年の陣容をベースに宮村、須永、鳥羽を加えた形でスタート、3勝7敗で迎えた中断期間に渡邊、竹村、竹元といったJ経験選手を補強した陣容となった。

1997年(前年)の基本フォーメーション
GK: 池田慎
DF: 八代敏、日比威、井坂鉄平
MF: 巻田清一、松本哲男、礒野修久、曽我豊明(川澄和弘)、金久保好史
FW: 二宮浩(植木昌晃)、尾崎友治

1998年の基本フォーメーション(第1節〜第10節)
GK: 須永純
DF: 八代敏、日比威、鳥羽俊正
MF: 宮村正志(巻田清一)、大平衛、礒野修久、水野淳、田畑雅行
FW: 尾崎友治、福田晃(浦島光雄)

1998年の基本フォーメーション(第11節〜第30節)
GK: 須永純
DF: 大平衛、水野淳(渡邊一平)、鳥羽俊正
MF: 宮村正志、巻田清一(八代敏)、礒野修久、鶴橋孝之、田畑雅行
FW: 竹村栄哉、竹元義幸(金久保好史)

3. 戦 績

JFLリーグ戦: 30試合8勝0分23敗、得点37失点69、14位/16チーム
天皇杯: 3回戦敗退

 JFLに参戦2年目は、リーグ戦30試合を8勝23敗で14位、前年より2つ順位を上げた。
 第1節山形戦は0-3で2年連続の黒星スタート、4試合連続無得点で敗戦、第5節新潟戦で田畑がシーズン初得点をあげたものの開幕5連敗、第6節S仙台戦でシーズン初勝利の後、国士舘大学、ジヤトコに勝利(クラブ最多5得点)、クラブ初のリーグ戦3連勝を飾る。
 第10節を3勝7敗で終えた水戸は2ヶ月間のリーグ中断期間に、Jリーグ経験者の渡邊、竹村、竹元らを補強、再開後、2試合連続無得点で連敗、第13節B仙台戦で竹村&竹元の得点で勝利したものの、第14節甲府戦で1-6の大敗を喫するとそこから4連敗、第18節国士舘大学戦で勝利の後、第20節デンソー戦、第23節大宮戦、第25節新潟戦で勝利、しかしホーム最終戦となった第29節大塚戦で0-7の惨敗、シーズン最後は5連敗で終えた。
 このシーズン、リーグ戦で無失点の試合はなく、前年から通算すると36試合連続失点。唯一のFC水戸出身選手の田畑がシーズン10得点をあげた他、途中加入の竹村が5得点をあげる等、シーズン得点37は前年の24から13アップ、しかし失点69は前年と同じであり、守備の立て直しは出来なかったこととなる。
 結果、リーグ戦で14位。翌1999年にJ2の創設、JFL(ジャパンフットボールリーグ)が新JFL(日本フットボールリーグ)へ再編される中、新JFLへの参加が決定した。
 天皇杯は、予選となる茨城県サッカー選手権の決勝で鹿島アントラーズユースに3-2で勝利、水戸ホーリーホックとして2連続の天皇杯出場を果たす。天皇杯本大会では1回戦三菱自動車水島戦に勝利、2回戦駒澤大学戦ではFWからDFにコンバートされた浦島がDFながらクラブ初のハットトリック(しかも試合開始24分までに3得点)を達成、さらに退場するというハプニングをもって一気に知名度アップ、試合も4-3勝利、またこの試合はNHK-BSで放送され初めて水戸の試合がTV全国放送された。3回戦清水戦は0-5の完敗で天皇杯は3回戦敗退となったが、シーズン最後にちょっとした盛り上がりを見せたことで記憶に残ったシーズン。

得点ランキング(JFLリーグ戦):
1位 10得点 田畑雅行
2位 5得点 竹村栄哉
3位 3得点 礒野修久、大平衛、尾崎友治、金久保好史、
7位 2得点 竹元義幸、宮村正志
9位 1得点 佐渡谷聡、鶴橋孝之、福田晃、八代敏、渡邊一平
オウンゴール1

得点ランキング(天皇杯):
1位 3得点 浦島光雄
2位 2得点 尾崎友治、水野淳
4位 1得点 鶴橋孝之

ハットトリック:
浦島光雄 天皇杯 2回戦駒沢大学戦 3得点

試合結果:
1998年4月5日 JFL 1998 第1節 ●0-3 モンテディオ山形
 得点: なし

1998年4月12日 JFL 1998 第2節 ●0-3 本田技研
 得点: なし

1998年4月16日 JFL 1998 第3節 ●0-3 川崎フロンターレ
 得点: なし

1998年4月19日 JFL 1998 第4節 ●0-1 東京ガス
 得点: なし

1998年4月25日 JFL 1998 第5節 ●延長1-2 アルビレックス新潟
 得点: 田畑雅行

1998年4月30日 JFL 1998 第6節 ○延長2-1 ソニー仙台
 得点: 八代敏、尾崎友治

1998年5月3日 JFL 1998 第7節 ○4-1 国士舘大学
 得点: 田畑雅行、田畑雅行、磯野修久、尾崎友治

1998年5月7日 JFL 1998 第8節 ○5-1 ジヤトコ
 得点: 宮村正志、Own Goal、大平衛、田畑雅行、福田晃

1998年5月10日 JFL 1998 第9節 ●1-2 デンソー
 得点: 田畑雅行

1998年5月17日 JFL 1998 第10節 ●延長2-2 PK3-5 大分トリニティ
 得点: 尾崎友治、大平衛

1998年7月18日 JFL 1998 第11節 ●0-1 サガン鳥栖
 得点: なし

1998年7月23日 JFL 1998 第12節 ●0-3 大宮アルディージャ
 得点: なし

1998年7月26日 JFL 1998 第13節 ○2-1 ブランメル仙台
 得点: 竹村栄哉、竹元義幸

1998年8月2日 JFL 1998 第14節 ●1-6 ヴァンフォーレ甲府
 得点: 田畑雅行

1998年8月9日 JFL 1998 第15節 ●0-1 大塚FCヴォルティス徳島
 得点: なし

1998年8月16日 JFL 1998 第16節 ●2-3 モンテディオ山形
 得点: 竹村栄哉、竹村栄哉

1998年8月20日 JFL 1998 第17節 ●0-1 ソニー仙台
 得点: なし

1998年8月23日 JFL 1998 第18節 ○3-2 国士舘大学
 得点: 水野淳、田畑雅行、宮村正志

1998年8月27日 JFL 1998 第19節 ●0-1 ジヤトコ
 得点: なし

1998年8月30日 JFL 1998 第20節 ○4-3 デンソー
 得点: 竹村栄哉、金久保好史、大平衛、田畑雅行

1998年9月13日 茨城県サッカー選手権 1998 決勝 ○3-2 鹿島アントラーズユース
 得点: 竹元義幸、大平衛、鶴橋孝之

1998年9月17日 JFL 1998 第21節 ●1-3 大分トリニティ
 得点: 渡辺一平

1998年9月20日 JFL 1998 第22節 ●1-2 サガン鳥栖
 得点:田畑雅行

1998年9月27日 JFL 1998 第23節 ○3-1 大宮アルディージャ
 得点: 田畑雅行、竹村栄哉、金久保好史

1998年10月4日 JFL 1998 第24節 ●0-3 ブランメル仙台
 得点: なし

1998年10月8日 JFL 1998 第25節 ○2-1 アルビレックス新潟
 得点: 竹元義幸、鶴橋孝之

1998年10月11日 JFL 1998 第26節 ●延長0-1 東京ガス
 得点: なし

1998年10月15日 JFL 1998 第27節 ●1-5 川崎フロンターレ
 得点: 金久保好史

1998年10月18日 JFL 1998 第28節 ●延長2-3 ヴァンフォーレ甲府
 得点: 磯野修久、佐渡谷聡

1998年10月24日 JFL 1998 第29節 ●0-7 大塚FCヴォルティス徳島
 得点: なし

1998年11月1日 JFL 1998 第30節 ●0-2 本田技研
 得点: なし

1998年11月29日 天皇杯 1998 1回戦 ○4-2 三菱自動車水島
 得点: 水野淳、尾崎友治、水野淳、鶴橋孝之

1998年12月6日 天皇杯 1998 2回戦 ○4-3 駒澤大学
 得点: 浦島光雄、浦島光雄、浦島光雄、尾崎友治

1998年12月13日 天皇杯 1998 3回戦 ●0-5 清水エスパルス
 得点: なし

4. シーズンオフ

 シーズン終了後、三浦俊也監督は退任、翌年J2の大宮アルディージャ監督に就任し2004年にJ1昇格、2007年にJ2のコンサドーレ札幌監督に就任し同年J1昇格等手腕を発揮、以後、J1ヴィッセル神戸、J1ヴァンフォーレ甲府の監督を経て、2014年から2016年にはヴェトナム代表監督を務めた。
 選手は登録40名中28名が退団(シーズン途中での退団も含む)、その内、実に23名が選手を引退、つまり在籍選手の約4分の3が退団、同じく半分が引退という実態であり、前年(1997年)も登録41名中19名が退団(シーズン途中での退団も含む)、その内16名が選手を引退したことを考えると、JFL参戦2シーズンで水戸を選手最期の地として引退した選手は39名という驚異的な数字になる(JFLとはいえ、この規模のクラブでは一般的な数字なのだろうか?)。
 柳田伸明は、選手を引退、水戸に留まり翌1999年にコーチに就任、2000年に大分トリニータのスタッフとなり2015年には大分(J2)の監督に就任。
 水戸退団後も選手現役を継続したのは巻田、佐藤、竹元、渡邊、松本の5名(前年はわずか2名だった)。
 巻田清一は、シンガポール・Sリーグのクレメンティ・カルサFCに移籍、水戸在籍後に海外クラブに在籍した初の選手となる。同年に引退、2000年に水戸短大附属高校(現水戸啓明高校)のサッカー部監督に就任、2000年、2007年、2013年に全国高校サッカー選手権に出場を果たす。
 佐藤義生(北島義生)は、J2のヴァンフォーレ甲府に移籍、2000年にはJ2に昇格した水戸に復帰し2005年まで水戸の中心選手として在籍。
 竹元義幸は、J2のサガン鳥栖に移籍、1999年のJ2リーグ戦で16得点と活躍。2003年に引退後は、サガン鳥栖、アビスパ福岡のアカデミコーチなどを歴任。
 渡邊一平は、JFLの横浜FCへ移籍(復帰という方が正しいか)、2000年のJ2昇格に貢献し引退。以後、清水エスパルスユース、日本大学サッカー部コーチを歴任する他、サッカー解説者として活躍。スカパーの水戸戦の解説に多く起用される。
 松本哲男は、関東社会人リーグのエリースFC東京に移籍。
 池田慎、大平衛、日比威、井坂鉄平、川澄和弘、木村裕之、尾崎友治、高橋佳秀、鶴橋孝之、曽我豊明、大森誠二、関勝彦、宮村正志、大平正軌、雁部将之、福田晃、木村則之、須永純、美野茂、小林直樹、茂木学、弥永周一郎は選手を引退した。この内、高卒で入団した5名(雁部、木村則、美野、小林、茂木)は出場機会を得られなかったことは仕方ないにしてもわずか1年で退団、そもそも高卒を入団させる意味、ヴィジョンがあったのか、と問う形にもなった。
 宮村正志は、2002年にLリーグの日テレ・ベレーザの監督に就任、3年間の在任時に、Lリーグ優勝1回、準優勝2回、皇后杯優勝1回、準優勝2回の偉業を果たす。
 大平衛は、水戸初代監督(1997年)中野雄二が監督を務める流通経済大学サッカー部のコーチ、巻田清一が監督を務める水戸啓明高校のコーチを歴任。
 川澄和弘も、流通経済大学サッカー部のコーチに就任、流通経済大学FCの監督を務める。
 大平正軌は、水戸短大附属高校(現水戸啓明高校)のコーチ、流通経済大学サッカー部のコーチを歴任、流通経済大学JFLチーム(現流経大ドラゴンズ龍ヶ崎)の監督を務める。
 日比威は、翌年イタリアのヴェネツィアに移籍した名波浩に帯同、その後、常総学院高校サッカー部コーチを経て、2014年に母校帝京高校のサッカー部コーチに就任、2015年から同校の監督を務める。
 須永純は、ジェフユナイテッド市原、JFAアカデミー福島のGKコーチを歴任。
 また以上より水戸の母体である「プリマハム土浦FC」出身者は前年の13名から4名(八代、金久保、横濱、礒野)に大幅減少、「FC水戸」出身者は前年の1名(田畑)がそのまま残留となった。

by junn-chang, Oct.16, 2016
posted by junn-chang at 12:51| 茨城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シーズンレヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

水戸ホーリーホック シーズンレヴュー 1997年

水戸ホーリーホック シーズンレヴュー 1997年

1. 水戸ホーリーホック誕生

前年(1996年)に関東社会人リーグに所属していた「プリマハム土浦FC」は全国社会人サッカー選手権で準優勝、JFL(旧JFL)への参加を決めたものの、プリマハムがサッカー部への支援を打ち切ったため、石山徹氏(水戸ホーリーホック初代代表取締役社長)が茨城県水戸市に1994年に創設した「FC水戸」が「プリマハム土浦FC」を吸収合併、本拠地を水戸に移転し、「FC水戸ホーリーホック」に改称(これにより水戸ホーリーホックの創設はFC水戸の創設年である1994年としている)したことで「FC水戸ホーリーホック」が誕生した。
またそもそもJFL参加は「プリマハム土浦FC」が勝ち得たものであったが、この合併によって「FC水戸ホーリーホック」がその権利を継承した。

そして1997年、水戸ホーリーホックがJFLに初参戦。
監督には「プリマハム土浦FC」を率いていた中野雄二監督がそのまま水戸ホーリーホック初代監督に就任した。

2. 監督・選手・スタッフ

社 長
石山徹

監 督
中野雄二
1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人: 監督)←プリマアセノFC(コーチ)←水戸短大附属高校(茨城県: 監督)←法政大学←古河第一高校(茨城県)

背番号1
池田慎
GK 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←順天堂大学
JFLリーグ戦: 29試合出場0得点

背番号2
大平衛
DF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←水戸短大附属高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 4試合出場0得点

背番号3
木村雄一
DF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←専修大学
JFLリーグ戦: 1試合出場0得点

背番号4
巻田清一
DF 1年目
前所属: 富士通川崎(JFL)←浦和レッズ(J)←NTT関東(JSL2部)←東海大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 27試合出場0得点
天皇杯: 2試合出場0得点

背番号5
井坂鉄平
DF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←ジェフ市原(J)←水戸短大附属高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 27試合出場2得点

背番号6
八代敏
MF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←古河第一高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 23試合出場0得点

背番号7
川澄和弘
MF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←中央防犯FC藤枝ブルックス(JFL)←清水エスパルス(J)←筑波大学←古河第一高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 13試合出場0得点

背番号8
木村裕之
MF 1年目
前所属: 富士通川崎/富士通(JFL)←駒澤大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 11試合出場0得点

背番号9
二宮浩
FW 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←浦和レッズ(J)←Danubio FC(ウルグアイ1部)←浦和レッズ(J)←筑波大学←国見高校(長崎県)
JFLリーグ戦: 17試合出場4得点

背番号10
尾崎友治
FW 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←ジェフ市原(J)←中央大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 23試合出場7得点

背番号11
金久保好史
MF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←住友金属
JFLリーグ戦: 22試合出場1得点
天皇杯: 2試合出場1得点

背番号12
稲田良太郎
FW 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←東海大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 3試合出場0得点

背番号13
日比威
MF 1年目
前所属: アビスパ福岡(J)←順天堂大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 26試合出場0得点

背番号14
柳田伸明
MF 1年目
前所属: 富士通川崎/富士通(JFL)←創価大学←創価高校(東京都)
JFLリーグ戦: 7試合出場0得点

背番号15
横濱誠
FW 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←佐野日大高校(栃木県)
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号16
高橋佳秀
FW 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←京都パープルサンガ(JFL)←筑波大学←清水東高校(静岡県)
JFLリーグ戦: 5試合出場0得点

背番号17
栗田守
MF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←京都パープルサンガ(JFL)←明治大学
JFLリーグ戦: 11試合出場0得点

背番号18
磯野修久
MF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←横浜マリノス(J)←藤岡高校(群馬県)
JFLリーグ戦: 29試合出場4得点

背番号19
植木昌晃
FW 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←福島FC(JFL)←鹿島アントラーズ(J)←水戸短大附属高校(茨城県)
JFLリーグ戦: 12試合出場2得点

背番号20
曽我豊明
DF 1年目
前所属: 本田技研狭山(関東社会人)←専修大学←市立船橋高校(千葉県)
JFLリーグ戦: 12試合出場0得点
天皇杯: 2試合出場2得点

背番号21
永田忍
GK 1年目
前所属: ジェフ市原(J)←ジェフ市原ユース
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号22
竹花友也
FW 1年目
前所属: 富士通川崎/富士通(JFL)←セレッソ大阪/ヤンマー(JFL)←大阪産業大学付属高校(大阪府)
JFLリーグ戦: 16試合出場0得点

背番号23
鈴木伸治
DF 1年目
前所属: 国際武道大学
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号24
山崎真
MF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←東京ガス(JFL)←浦和レッズ(J)←鹿屋体育大学←大口高校(鹿児島県)
JFLリーグ戦: 16試合出場2得点

背番号25
大平正軌
DF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←日本社会体育専門学校←瑞陵高校(愛知県)
JFLリーグ戦: 3試合出場0得点

背番号26
森崎嘉之
FW 1年目
前所属: ジェフ市原(J)←市立船橋高校(千葉県)
JFLリーグ戦: 5試合出場0得点

背番号27
福田晃
FW 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←法政大学←越谷北高校(埼玉県)
JFLリーグ戦: 7試合出場2得点

背番号28
望月亮太
DF 1年目
前所属: 順天堂大学←清水商業高校(静岡県)
JFLリーグ戦: 3試合出場0得点

背番号29
野呂直彦
DF 1年目
前所属: マインドハウスTC←浦和レッズ(J)←四日市中央工業高校(三重県)
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号30
若林英則
FW 1年目
前所属: Santo Andre(ブラジル)
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号31
橋本亮一
GK 1年目
前所属: 西濃運輸(JFL)←鳥栖フューチャーズ(JFL)←東京ガス(JFL)←順天堂大学←宇都宮清稜高校(栃木県)
JFLリーグ戦: 2試合出場0得点

背番号32
大坪貴之
FW 1年目
前所属: FC水戸(茨城県社会人)
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号33
松本哲男
MF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←専修大学←読売クラブユース
JFLリーグ戦: 28試合出場0得点

背番号34
沢田佳史
DF 1年目
前所属: n/a
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号35
田畑雅行
MF 1年目
前所属: FC水戸(茨城県社会人)←日本体育大学←花咲徳栄高校(埼玉県)
JFLリーグ戦: 9試合出場1得点

背番号36
森下直人
MF 1年目
前所属: 日本大学←四日市中央工業高校(三重県)
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号37
水野淳
MF 1年目
前所属: ジェフ市原(J)←市立船橋高校(千葉県)
JFLリーグ戦: 3試合出場0得点

背番号38
小澤寛樹
MF 1年目
前所属: FC水戸(茨城県社会人)
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号39
鶴橋孝之
DF 1年目
前所属: 鹿屋体育大学←清水商業高校(静岡県)
JFLリーグ戦: 7試合出場0得点

背番号40
島根聡一
DF 1年目
前所属: プリマハム土浦FC(関東社会人)←甲府SC(JFL)←清水エスパルス(J)←専修大学←帝京高校(東京都)
JFLリーグ戦: 出場なし

背番号41
関谷竜司
GK 1年目
前所属: n/a
JFLリーグ戦: 出場なし

 水戸ホーリーホック初年度の登録メンバーは、「吸収した側のFC水戸(茨城県社会人リーグ)」ではなく、「吸収された側のプリマハム土浦FC(関東社会人1部リーグ)」が主体となっており、名実の乖離がわかる。
 「吸収された側のプリマハム土浦FC」からは監督の中野雄二以下、登録選手41名中半数の20名(池田、大平衛、木村雄、井坂、八代、川澄、二宮、尾崎、金久保、稲田、横濱、高橋、栗田、礒野、植木、山崎、大平正、福田、松本、島根)に対して、「吸収した側のFC水戸」からは僅か3名(大坪、田畑、小澤)。
 その他の選手の前所属をみると、Jクラブからの移籍は4名でジェフ市原から3名(永田、森崎、水野)、アビスパ福岡から1名(日比)。JFLからの移籍は5名で富士通川崎から4名(巻田、木村裕、柳田、竹花)、西濃運輸から1名(橋本)。大学からの新加入は鈴木(国際武道大学)、望月(順天堂大学)、森下(日本体育大学)、鶴橋(鹿屋体育大学)の4名、高校からの新加入はなし。
 出身大学別にみると、順天堂大学が4名(池田、日比、望月、橋本)、専修大学が4名(木村雄、曽我、松本、島根)、筑波大学が3名(川澄、二宮、高橋)、東海大学が2名(巻田、稲田)、日本体育大学が2名(田畑、森下)、鹿屋体育大学が2名(山崎、鶴橋)、他。
 出身高校別にみると、帝京高校(東京都)が6名(巻田、木村裕、尾崎、稲田、日比、島根)、中野監督が以前に監督を務めていた水戸短大付属高校(茨城県)が3名(大平衛、井坂、植木)、市立船橋高校(千葉県)が3名(曽我、森崎、水野)、中野監督の母校古河第一高校(茨城県)が2名(八代、川澄)、清水商業高校(静岡県)が2名(望月、鶴橋)、四日市中央工業高校(三重県)が2名(野呂、森下)、他。
 高校時代の実績でみると、突出しているのが森崎嘉之で、市立船橋高校3年生時、全国高校サッカー選手権で優勝、決勝戦でのハットトリックを含む大会8得点をあげたヒーローであり、ジェフ市原では出場機会を得られず水戸に入団した選手で、水戸の中でも最も知名度の高い選手だった。
 Jクラブに在籍経験のある選手は14名で、ジェフ市原が5名(井坂、尾崎、永田、森崎、水野)、浦和レッズが4名(巻田、二宮、山崎、野呂)、清水エスパルスが2名(川澄、島根)、鹿島アントラーズが1名(植木)、横浜マリノスが1名(礒野)、アビスパ福岡が1名(日比)。この中でJリーグの出場経験があるのは6名で、二宮(Jリーグ戦17試合出場0得点、Jナビスコ杯4試合出場0得点)、水野(Jリーグ戦7試合出場0得点)、山崎(Jリーグ戦6試合出場0得点、Jナビスコ杯4試合出場0得)、巻田(Jリーグ戦6試合出場0得点)、井坂(Jリーグ戦1試合出場0得点)、森崎(Jナビスコ杯1試合出場0得点)、得点をあげた選手はなし。
 海外クラブの在籍経験のある選手は2名で、二宮(ウルグアイのダヌビオ)と若林(ブラジルのサント・アンドレ)。
 以上のように、水戸ホーリーホックに改称し、JFL参戦初年度の陣容は、プリマハム土浦FCをベースに、Jリーグのジェフ市原、JFLの富士通川崎から選手を補強した形となった。

1997年の基本フォーメーション
GK: 池田慎
DF: 八代敏、日比威、井坂鉄平
MF: 巻田清一、松本哲男、礒野修久、曽我豊明(川澄和弘)、金久保好史
FW: 二宮浩(植木昌晃)、尾崎友治

3. 戦 績

JFLリーグ戦: 30試合4勝0分26敗、得点24失点69、16位(最下位)/16チーム
天皇杯: 2回戦敗退

 水戸ホーリーホックとしてJFLに初参戦した初年度は、リーグ戦30試合を4勝26敗で最下位。
 JFL初戦となった第1節札幌戦は0-2で黒星スタート、第2節東京ガス戦で植木がチーム初得点をあげたものの第14節B仙台戦まで開幕14連敗を喫する。初勝利は第15節川崎F戦、井坂が退場する事態となったが二宮の2得点を守りきり2-1で歴史的勝利(試合会場は笠松)をあげた。その後も5連敗の後、第21節福島戦、第22節西濃運輸戦(初の無失点試合)で初の連勝、再び5連敗を経て第28節鳥栖戦をPK戦で勝利しリーグ戦4勝目をあげ、あとの2戦は2連敗で終えた。
 結果、リーグ戦で最下位となったものの福島FCの活動停止があり、地域リーグ決勝大会2位チームとの入替戦は行われず、幸運にもJFL残留となった。
 天皇杯は、予選となる茨城県サッカー選手権の決勝で筑波大学に2-0で勝利、水戸ホーリーホックとして初の天皇杯出場を果たす。天皇杯本大会では1回戦で北海道電力に勝利したものの、2回戦でアビスパ福岡に1-2で敗戦し、2回戦で敗退した。

得点ランキング(JFLリーグ戦):
1位 6得点 尾崎友治
2位 4得点 礒野修久、二宮浩
4位 2得点 井坂鉄平、植木昌晃、福田晃、山崎真
8位 1得点 金久保好史、田畑雅行

得点ランキング(天皇杯):
1位 2得点 曽我豊明
2位 1得点 金久保好史、二宮浩

試合結果:
1997年4月20日 JFL 1997 第1節 ●0-2 コンサドーレ札幌
 得点: なし

1997年4月27日 JFL 1997 第2節 ●1-3 東京ガス
 得点: 植木昌晃

1997年5月4日 JFL 1997 第3節 ●2-3 本田技研
 得点: 尾崎友治、井坂鉄平

1997年5月11日 JFL 1997 第4節 ●0-2 サガン鳥栖
 得点: なし

1997年5月15日 JFL 1997 第5節 ●0-2 モンテディオ山形
 得点: なし

1997年5月18日 JFL 1997 第6節 ●0-1 デンソー
 得点: なし

1997年5月25日 JFL 1997 第7節 ●延長1-2 ヴァンフォーレ甲府
 得点: 金久保好史

1997年5月31日 JFL 1997 第8節 ●0-2 福島FC
 得点: なし

1997年6月7日 JFL 1997 第9節 ●1-4 西濃運輸
 得点: 尾崎友治

1997年6月15日 JFL 1997 第10節 ●延長0-1 ジヤトコFC
 得点: なし

1997年6月21日 JFL 1997 第11節 ●2-3 NTT関東
 得点: 福田晃、山崎真

1997年6月29日 JFL 1997 第12節 ●2-4 大分トリニティ
 得点: 山崎真、二宮浩

1997年7月6日 JFL 1997 第13節 ●1-6 大塚FC
 得点: 磯野修久

1997年7月13日 JFL 1997 第14節 ●0-1 ブランメル仙台
 得点: なし

1997年7月19日 JFL 1997 第15節 ○2-1 川崎フロンターレ
 得点: 二宮浩、二宮浩

1997年8月10日 茨城県サッカー選手権(天皇杯 茨城県予選) 1997 決勝 ○2-0 筑波大学
 得点: 金久保好史、金久保好史

1997年8月17日 JFL 1997 第16節 ●1-6 コンサドーレ札幌
 得点: 尾崎友治

1997年8月24日 JFL 1997 第17節 ●0-1 川崎フロンターレ
 得点: なし

1997年8月28日 JFL 1997 第18節 ●1-2 ブランメル仙台 
 得点: 福田晃

1997年8月31日 JFL 1997 第19節 ●0-1 デンソー
 得点: なし

1997年9月4日 JFL 1997 第20節 ●1-5 ヴァンフォーレ甲府 
 得点: 磯野修久

1997年9月7日 JFL 1997 第21節 ○2-1 福島FC
 得点: 田畑雅行、植木昌晃

1997年9月18日 JFL 1997 第22節 ○2-0 西濃運輸
 得点: 尾崎友治、磯野修久

1997年9月21日 JFL 1997 第23節 ●延長0-0 PK5-6 ジヤトコFC
 得点: なし

1997年9月28日 JFL 1997 第24節 ●2-3 NTT関東
 得点: 尾崎友治、井坂鉄平

1997年10月2日 JFL 1997 第25節 ●1-2 大分トリニティ
 得点: 磯野修久

1997年10月5日 JFL 1997 第26節 ●1-2 大塚FC
 得点: 尾崎友治

1997年10月11日 JFL 1997 第27節 ●0-4 モンテディオ山形
 得点: なし

1997年10月19日 JFL 1997 第28節 ○延長1-1 PK5-3 サガン鳥栖
 得点: 二宮浩

1997年10月26日 JFL 1997 第29節 ●0-3 本田技研
 得点: なし

1997年11月2日 JFL 1997 第30節 ●0-1 東京ガス
 得点: なし

1997年11月30日 天皇杯 1997 1回戦 ○3-0 北海道電力
 得点: 二宮浩、曽我豊明、金久保好史

1997年12月7日 天皇杯 1997 2回戦 ●1-2 アビスパ福岡
 得点: 曽我豊明

4. シーズンオフ

 シーズン終了後、中野雄二監督は退任し流通経済大学サッカー部の監督に就任、以後、当時茨城県リーグに所属していた同大学を全国有数の強豪校に育成、多くのJリーガーを輩出し、大学サッカー界に大きな軌跡を残す。
 選手は登録41名中19名が退団(シーズン途中での退団も含む)、その内、実に16名が選手を引退した。
 二宮浩は、選手を引退、水戸に留まり翌1998年にコーチ、1999年に第3代監督、2000年にヘッドコーチを歴任。その後も指導者として柏レイソル、FC東京のコーチを歴任。
 島根聡一は、選手を引退、1999年に水戸にコーチとして復帰、2004年まで6年間在任。その後も指導者としてザスパ草津、モンテディオ山形、ヴァンフォーレ甲府のコーチを歴任。
 森崎嘉之は、水戸において最も知名度の高い選手として期待されたものの結果を残せず(5試合出場無得点)、シーズン途中でJFLの横河電機へ移籍。
 望月亮太は、JFLのジヤトコに移籍。
 関谷竜司は、関東社会人リーグの九曜FCに移籍。
 つまり、シーズン終了後、水戸を退団後に現役を継続したのは望月亮太と関谷竜司の2名のみ。
 木村雄一、稲田良太郎、栗田守、植木昌晃、永田忍、竹花友也、鈴木伸治、山崎真、若林英則、橋本亮一、大坪貴之、沢田佳史、森下直人、小澤寛樹は選手を引退した。
 竹花友也は、引退後、指導者としてセレッソ大阪に復帰、後にセレッソ大阪堺レディース監督に就任。
 山崎真は、引退後、指導者として大分トリニータ、FC東京、モンテディオ山形、アルビレックス新潟、サンフレッチェ広島のコーチを歴任。
 若林英則は、引退後、指導者として柏レイソル他のコーチを歴任後、横浜FCのスタッフ、強化部長に就任。
 橋本亮一は、引退後、FC東京のコーチに就任。

by junn-chang, Sep.15, 2016
Last Update, Oct.12, 2016
posted by junn-chang at 14:41| 茨城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シーズンレヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする